THE ROOTS

INTERVIEW

全ての人に苦労あり、何があっても人ファースト

山田晃弘

株式会社スバコ山田晃弘

略歴

京都精華大学デザイン学部卒業。 新卒で実家から一番近かった大手ゲームメーカーに入社。 以降、他メーカー、開発会社への転職、独立経験を経て、2016年に株式会社スバコを設立。 アーケード、コンシューマ、遊技機、ソーシャル等の開発経験を重ねたスタッフ達が集う。

現在の仕事についた経緯は?

学生時代に学んだCADが切っ掛けでした。

当時は3DCGと呼ばれる世界が一般的には浸透していなかった時代に、それらの表現に将来の大きな可能性を感じ、この世界に飛び込みました。

在学中お世話になった教授から推薦状までお取り計らい頂いたものの、就職活動中の大手ゼネコンへ2次面接に向かう途中、当時の電話ボックスに駆け込み辞退を申し出ました。

振り返りますと、途轍もなく身勝手だった行動に思えますが、今の自分があるのも最終的にはその決断を応援して下さった方々、両親のお陰であり、感謝が尽きることはありません。

勿論、仕事では辛いことも悩むことも多々ありましたが、20数年間同じ世界で頑張ってこれたのも、好きなことを仕事に出来たからこそと今では思えております。

仕事へのこだわり

この世界に飛び込んで初めて就けた仕事が、そのメーカーが初の試みとなる3Dタイトルの開発でした。
技術的な指導者となる上司や先輩がいない中、海外製のCG制作ツールを与えられ、まだインターネットも無い時代に、そのツールの英語マニュアルだけが唯一の頼りでした。
必然的に自己解決能力が鍛え抜かれ、同期の仲間が協力し合って必死に習得に努めていたのを思い出します。

「デジタル+モノづくり」となるこの世界では、個人の感性や日々のスキルアップに加え、情報共有がとても重要になります。
又、プランナーやプログラマー、デザイナー、サウンドクリエイターの各職制や細分化された役割を理解することで、提案力が身につき求められもします。

デジタルの世界に居ながらも、それぞれが職人であり、プロジェクトチームであり、求められる基本姿勢は変わらないようにも思えます。

他の業種に比べて業界自体の歴史はとても浅いですが、例えばゲームにおいては、私が小学生だった頃に現れた「スペースインベーダー」から、現在の家庭用ゲーム機やスマホアプリへと驚異的なスピードで進化しました。
この間たった40年程です。

まるでポケベルからスマホへ進化したように、もしくはそれ以上のスピードで、私達の扱う道具も大きく変貌を遂げました。
開発環境が変わる度に、現場では必死に覚え直し、更には各自の感性をフルで発揮出来るようにそれらの道具を使いこなさなければなりません。

3年5年前のスキルが既に使い物にならないことも少なくはなく、常に情報収集や技術習得が求められ、それらを含めて全てを楽しめる人達が、この業界を築き上げてきたのだと感じます。

「遊ぶ」と「作る」側では大きな違いがあることを目の当たりにしながら、その好きなことに正直で熱意を注げる人達が集う業界だと痛感します。
時代が変わっても、支えているのは職人となるスタッフであり、扱うものがデジタルであっても、それらは全て「拘り」と「人」が生み出していることを忘れてはいけないように思えます。

若者へのメッセージ

先ずは、好きなことを本気で見つけて、自分と正直に向き合って下さい。
好きで選んだ道であれば、この先何があっても立ちはだかる壁を乗り越えることが出来るでしょうし、逆にそうでなければ悩み苦しむことにもなり得ます。

そして、人は誰もが1日24時間という平等な資源を与えられていることを忘れないで下さい。
またその資源は有限なので、自身がどのような使い方をするか、はたまたどのように人の資源を奪ってしまっているかで、将来が大きく変わります。

全ては自分自身の人生のために、勇気ある決断と一歩を踏み出せるよう、心から応援しています。

※ 本サイトに掲載している情報は取材時点のものです。