THE ROOTS

INTERVIEW

信は力なり

野坊戸薫

株式会社誠輪物流野坊戸薫

略歴

トレーナー専門学校卒業後、リラクゼーショントレーナーとして勤務。関東で一番の売上の店舗に育て、スポーツインストラクターとして某スポーツ店に勤務。その後、2001年に誠輪物流に入社。倉庫作業、配車の手伝い、事務仕事や2トンショートトラック運転等を一から経験し、2017年、代表取締役社長に就任。

現在の仕事についた経緯は?

高校生の頃、父がトラック3台と自宅兼事務所から誠輪物流を創業し、いつかは跡を継がなければいけないと知っていながら、当時はどうしてもやりたいと思えず、リラクゼーショントレーナーやスポーツインストラクターとして働いていました。好きなものに囲まれる仕事で、尊敬できる方々との出会いや、同じ趣味を持つ仲間にも出会う事ができ、とても幸せでした。しかし、当時某スポーツ店で働いていた頃から、父からの「いつになったら会社にくるんだと」という言葉が多くなり、様々な出来事もあり、渋々アルバイトとして誠輪物流に入社しました。そこから倉庫作業、配車の手伝い、事務仕事や2トンショートトラック運転等を一から経験し、当時は「社長の娘」と思われるのが大嫌いで、私の名前は「野坊戸 薫だ!」と思われたい一心で必死に業務に取り組んでいました。朝から晩まで働いていたら、倒れて救急車で運ばれたこともありましたが、今思えばあの必死さがやりがいだったんだと感じます。

仕事へのこだわり

自分に正直に生きていくこと、そして道を自ら切り拓いていく事を大切にしています。当時、社長に就任したのは、父が急逝した2年前で、父は75歳まで現役でやると豪語していたので、引継ぎも何もしないままでした。集中治療室で目を開けない父をみて握手しながら泣いたことを今でも鮮明に覚えています。そこからすぐに会社に戻り、葬儀の話や今後の話と、人生で初めて経験をすることばかりでしたが、その瞬間から、あれだけ「やりたくない」と思っていた自分が嘘のように、迷いが消えていきました。しかし、すんなり代表をやりますと言っても、世の中はそんなに甘くなく、困難ばかりが立ちはだかっていましたが、心から「誠輪物流を必ず残す、誠輪物流で働いている社員を守る」という思いだけで、一歩一歩進んで行きました。その経験から、遠回りかもしれないですが、自身に正直に生きていくことが、一番の近道なのだと感じます。そして、私自身もどんな時も自分を信じて、自ら道を切り拓いてきました。父が他界した時に、半年も保たないだろうという噂もありましたが、本当に誠輪物流と社員を守らなければという想いで、社内の風土改革に取り組んだり、社員の皆が胸を張れる仕事だとみんなに伝え続けてきました。大きく変えると書いて、大変と読むので、まずは続けることの大切さを伝え、各々が成長し続ける組織を作ろうと必死になって今日まで道を切り拓いてきました。また業界で類を見ない、水玉模様のトラックを作ったり、幹線道路に看板を立てたり、日々挑戦をし続けています。

若者へのメッセージ

まず自分から伝えることが大切だと感じます。悩んだことのない人は、まず人を動かす事はできないと思うので、たくさん悩んでまずは挑戦してみてください。そして、人生は自分が選んで決めているという事が分かれば、もっとこれから先の人生を決めることができます。そこには必ずターニングポイントがありますから。

※ 本サイトに掲載している情報は取材時点のものです。