THE ROOTS

INTERVIEW

こつこつとした努力に勝るものは無い

喜多敏夫

株式会社エル・ジェイ喜多敏夫

略歴

大阪の府立高校を卒業後人と話すのが苦手だった事もあり25歳までトラックの運転手をし、その後パナソニックで1年間品質管理課在籍後、下請けの工場に転職し6年後32歳で初めて営業の仕事に就く。

現在の仕事についた経緯は?

高校卒業後人と話すのが苦手な事もありトラックの運転手になったが給与も上がらず役職もつかずで子供も二人目が生まれて転職を考えるようになっていた
ところにパナソニックへの話が入り転職を決意。しかし当時の大手企業は学歴社会、年功序列、上司の顔色を伺いながらの仕事にうんざりしオファーを頂いた下請けの工場に転職しました。そこで6年間お世話になりましたが毎年のように年収が下がり将来に不安を抱き、32歳の時に頑張れば頑張った分はきちんと跳ね返る仕事をしてみたいと思い人と話すのが苦手ではあったが3年でダメならどんな仕事をしても家族は守るからと16歳から付き合い20歳で結婚した嫁さんの承諾を得て営業の仕事に就く。(当時の給与は完全歩合制)

仕事へのこだわり

元々は人と話すのが苦手なところからのスタートだったが話さざるを得ない仕事に就いたのをきっかけに嫁さんを相手に練習したり、会社でも練習し分からない事は直ぐに上司に聞き教えてもらい、ある時は先輩が商談しているのを盗み聞きして真似をしてみる。それ以外には営業経験が全く無かったので休日は大きな本屋で営業の本を買いあさりずっと読み続けていた。契約に至らなかった商談の原因を自分なりに追及して次の商談に生かしていくというスタイルを続けて契約率もアップして目標達成を続け役職も上がっていき支店長になった時に自分の読んだ本を皆に紹介して支店の目標も達成させていった。

当時は自分の事しか考えていなかった為に支店の部下13人全員が次々に退職し気づけば店長と自分の二人だけになっていた。その事でやっと人の大切さや部下への指導の仕方に工夫が必要だと思い知らされた。人の為、部下の為に感謝を忘れずに毎日のコツコツとした積み重ねがやがては大きな成功につながる事を確信した。

若者へのメッセージ

「努力は必ず実る」とは言わないが今より必ず成長するのでそれを目指して日々の努力を怠らずに向上心を持って頑張ってほしい。

僕自身の事でもあるが人は変われると確信している。リスクなくしてリターンはないので失敗を恐れず一歩踏み出す勇気を出してほしい。勇気は最初の一歩だけで二歩目からは当たり前になる。

それと自分の前に立ちはだかる壁は越える準備が出来た時、その人の前に現れるもの。越える事の出来ない壁は現れないので諦めずコツコツ頑張って進んで下さい。

※ 本サイトに掲載している情報は取材時点のものです。