THE ROOTS

INTERVIEW

無理を無理としない

寺田 和正

株式会社サマンサタバサジャパンリミテッド寺田 和正

略歴

1965年生まれ。広島県出身。実家は福山市で100年以上続く老舗鉄工所。1989 年駒沢大学卒業後、商社に入社。その後、海外ブランド輸入商社を設立。94年サマンサタバサジャパンリミテッド設立。ヒルトン姉妹やヴィクトリア・ベッカムといった有名セレブをモデルやデザイナーとして起用するなどして急成長。2005年12月東証マザーズ上場。

現在の仕事についた経緯は?

創業100年、先祖代々続く家業を営む家の次男として生まれた私は、何不自由ない学生生活を送りました。父は家業を継いでいましたから、昔から羽振りもよく、ビジネスの手腕に長けた経営者だったと思います。そんな父の背中を見て育った私は、ごく自然な形で「社長」を目指すようになりました。
しかし、「次男は家業を継げない」と察していた私は、どうすれば自らの力で会社をつくれるのか、そんなことばかりを考えるようになります。そして起業をするためには英語を習得することも大事だと考え、大学2年の時にカナダへの留学を決意。そんな矢先に、父が病床に倒れたのです。

父との死別を機に、私は改めて自力で生きていかなければいけないことを思い知らされます。そこで始めたのが、ブランドビジネスでした。
早速、当時カナダ国内で大流行していた革のジャンパーを日本に輸入。それをもとに日本人の体型に合わせた商品を作り、販売していきました。このビジネスは見事にヒットし、ブランドビジネスの価値に底知れぬ可能性を感じたものです。
しかしそんな私も周囲から見れば、経営者どころか、社会人経験もない一人の若者に過ぎません。まずは社会を知ることが先決だと考え、3年という期限を決めてサラリーマンへの道へ進みました。仕事に対するやりがいやプライド、良い報酬と信頼、それら組織に必要とされる様々なことを学んだのも、この時の経験があったらからこそです。

それから3年の月日が経った頃、日本のバブルは完全に崩壊し、社会はさらに激変していきます。まさにピンチを目の当たりにする状況下でしたが、私はこれこそチャンスだと考えました。そして世間が大人しくなっている目を他所に、自ら会社を設立したのです。

創業当初は自社ブランドの開発は容易ではなかったため、海外の人気ブランドを日本流にアレンジして売るという販売展開を繰り返し手掛けていきました。しかし自社ブランドではないため、売り上げは伸びていくものの、どこかやりきれない自分がいたことも事実。自らの手でブランドを確立し、世の中に広めていきたいという思いが日に日に強くなっていったのです。
そして29歳の時に立ち上げた自社のアパレルブランドこそが、「サマンサタバサ」でした。

仕事へのこだわり

私たちのコーポレートメッセージは、「世界ブランドを創る、日本発世界ブランドへ」。これまでも世界ブランドとなるべく、グローバルな事業展開を続けています。2010年10月にはアジア1号店(台湾統一百貨店)のオープンも果たしていますが、売上高は全館の中で2位。予想を上回る反響をいただいています。今後もアジアをはじめとする諸外国への出店を進めていきながら、ECによるブランド拡大にも注力していきたい。

若者へのメッセージ

現在の日本では、何事もチャレンジする前から「無理だ」と諦めてしまったり、ピンチをチャンスと捉える人も少ないように感じます。しかし、絶対に不可能なことなどないはずです。やってみなければわかりません。だからこそ、私は挑戦し続けていくのです。

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