THE ROOTS

INTERVIEW

辞めない才能が自分を育てる

大畑 大介

大畑 大介

略歴

1975年生まれ、大阪府出身。日本の元ラグビー選手。1996年アジア選手権日本代表に選ばれて全試合に出場。東海大仰星高校、京都産業大学を経て98年神戸製鋼入社。2002年仏クラブに移籍。03年神戸製鋼に復帰。日本代表チームのキャプテンを務め、W杯に2度の出場を果たすなど活躍する。

※2011年に引退。現在は神戸製鋼のチームアンバサダー、2019年W杯のアンバサダーを務める。

現在の仕事についた経緯は?

子どもの頃、周りでは野球が流行っていましたが、みんなと違ったことがしたくて、ラグビーを選びました。父親が高校からラグビーをしており、その影響から、テレビ中継で高校や大学、社会人ラグビーを見る機会が多かったのがきっかけです。また、家にはグローブやバットよりも先に、楕円のボールがあったので、自然とラグビーに触れ合う環境にありました。当時からすでに「将来は日本代表の桜のジャージを着てプレイしたい」と思っていましたね。松尾雄治さん(元新日本製鉄釜石ラグビー部の選手)のプレイ姿や、存在に憧れていました。ラグビースクールに入ったのですが、同世代の中ではズバ抜けて上手く、相手に触られずにトライを奪っていたと思います。しかし、中学生になると、周りに追いつかれて挫折した時期もありました。高校3年生の時にはじめて日本代表になったのですが、正規のメンバーではなくケガ人が出たための繰り上げ選出だったので、純粋には喜べなかったですね。遠征に行った時もそんなにいい扱いはされず、一番大事な試合には出してもらえなかったですし、非常に悔しい思いをしました。それを糧にして頑張ることができたので、今では良い経験になったと思っています。

仕事へのこだわり

基本的に悩んだ時はしんどい方に進もうと決めています。大学卒業後、いろいろなチームから誘っていただいたのですが、「ポジションを用意しておくから」と言っていただけるところが多い中、神戸(製鋼)だけが「自分の力でポジションを獲れ!」と。高校、大学では日本一になれなくて、日本一になりたかった。そのためにどうするかと考えた時、やっぱり自分をもう一度ゼロからリセットできるチームに入ろうと思いましたね。神戸しかないと。入社翌年、初めて出場した1999年のワールドカップは非常に悔しい思い出になりました。4年後のワールドカップは自分のラグビー人生の集大成にすると心に誓う中、このまま同じ場所でプレーしていては成長できないと思い、覚悟を決めて海外でプレーしようと決意しました。

僕の中では、経済的に恵まれたらそれが成功だとは思っていません。自分の周りにいる人たちに「『大畑大介』という人間と出会えてよかったな」って思ってもらえるような人生を歩むことが一番大切かなと思っています。人生って一度きりしかなく、基本的にはリセットできないじゃないですか。これまでいろいろ経験してきたし、いろいろな失敗もしているし、たまにすごくへこんでることもあるし、でもそれも全て、僕の中では人生だと思っています。全ての経験を、これからの人生に生かしていきたいです。

若者へのメッセージ

今現在、好きなことをしている方、そして、目標を探している方、いろいろな方がいると思います。「継続は力なり」です。僕自身、ここまで来れているのは辞めずに続けていたからこそだと思っています。人生いろんな苦しい時期、しんどい時期が何度も訪れると思いますが、それも全て人生です。続けてみて初めて見えることもあります。とにかく自分の中で一生懸命に生きて、自分の生き方に対して恥ずかしからずに、情熱を持って戦ってください。
そして明日の日本を背負って立つという強い気概を持って生きてください。あなたたちが明日の日本の主役です。

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