THE ROOTS

INTERVIEW

真剣

青野 慶久

サイボウズ株式会社青野 慶久

略歴

1971年生まれ。愛媛県出身。大阪大学工学部情報システム工学科を卒業後、松下電工(現:パナソニック)株式会社を経て、1997年にサイボウズ株式会社を愛媛県松山市に設立し、取締役副社長に就任。その後、2005年4月に代表取締役社長に就任する。現在は、2児のイクメンとしてバリバリ仕事をこなしつつ、育児も積極的に行なっている。

現在の仕事についた経緯は?

私は野山に囲まれた、愛知県の片田舎で生まれ育ちました。そうした環境も影響したせいか、幼い頃から都会や最新の物事に憧れを抱いていたように思います。中学へ進学する頃にはその好奇心は日増しに大きくなり、自転車を漕いでは都会へ足を運ぶことも日常茶飯事。新たな発見に出会うことが楽しみで仕方ありませんでした。
そんな時に出会ったのがパソコンです。それまで見たことも触れたこともない機械の塊が、プログラムを打ち込むことで自由自在に動く。「これは凄い!」と自分の中に衝撃が走り、それからは暇さえあれば電気屋に通い詰めるようになりました。初めて自分のパソコンを手に入れたのもこの時です。

仕事へのこだわり

その後、大阪の大学へ進学し、工学部を専攻。卒業後は都心部の大企業で働きたいという思いから、松下電工に入社を決めました。若い頃から黙々と作業に没頭するのが大好きでしたから、配属希望は研究職。しかし実際に配属されたのは、営業企画部だったのです。当然ながら落胆しました。当時主流の作業ツールはワープロでしたが、上司となる年配の方々のほとんどは機械に疎く、ワープロさえもまともに扱えない状況。最初は戸惑いもありましたが、目の前の仕事を黙々とこなしていきながら、自分なりに理想と現実のギャップを埋めていくしかないという思いで仕事に打ち込みました。

そして徐々に業務領域も増えていき、やがて社内の情報システム管理を任されることに。その時に発見したのが、後に起業のきっかけとなったイントラネット用のITソフトでした。「このソフトを活用すればパソコンを使えない人でも簡単に作業を行うことができる」「必ずビジネスに繋がるはずだ」と確信し、1997年にサイボウズを設立したのです。

若者へのメッセージ

創業からこれまでの間には、様々な失敗もありました。社長就任当初は経営も初心者ですし、いくつもの事業を棒に振ったこともあります。「マイクロソフトに肉薄するような大企業になり、世界一の売り上げを誇りたい」そんな壮大な夢を描いていたのも、まだ自分の実力をしっかりと理解していなかったからなのかもしれません。しかし現在は、そうした考えも思い改めるようになりました。より堅実で、謙虚でありたいと思うようになったのです。

ですから、売上げを世界一にするとか、利益を上げるというという事柄に目標は置いていません。子どもの頃からパソコンに夢中だったように、「大好きなサイボウズのソフトを世界中の人に使ってもらいたい」。それが今の私の目標になっています。そのためにも社会に貢献し、挑戦を続けなければいけません。今後もそんな挑戦を楽しみながら、日々を生きていければと思っています。

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