THE ROOTS

INTERVIEW

義を見てせざるは勇なきなり

堀切勇真

株式会社アドバンティク・レヒュース堀切勇真

略歴

1981年生まれ 群馬県前橋市出身
県立前橋高校、早稲田大学政治経済学部卒業後、三井住友銀行にて5年間法人営業に従事。2010年㈱アドバンティク・レヒュースに入社、2013年㈱ATホールディングスを創業し、M&Aにより現在事業会社4社のグループ代表を務める。
人を大切にする経営が支持され、各地で講演実績多数。

現在の仕事についた経緯は?

プロ野球選手への淡い希望を持ちつつも大学野球を途中で退部。自分の人生を何に捧げようと考えた時、ごく自然と経営者が思い浮かぶ。

経済全体を把握し、お金や人に触れて、様々な経営者からビジネスを勉強できる場所として都市銀行に入社。出来る事なら出会った仲間と起業するというロマンを抱いていたが、その熱意や才覚が足りない事を自覚する。そんな折、自問自答を繰り返し「ロマンを追い求めゼロから始め100人を幸せにするのか」それとも「今ある40人規模の会社を受け継いで500人1,000人を幸せにするのか」という選択で後者を選ぶ。

自分のやりたかったことは事業そのものではなく、いかに理想的な会社を創るかということ。それ即ち『社員とその家族を幸せにする会社』であり、まさに目の前に父が創った素晴らしい会社があったため、それを預からせて頂き一人でも多くの人幸せに豊かにしたいと思い、襷を受け継ぐことを決心した。

仕事へのこだわり

基本的に人と同じことには興味なく、あえて違う道を選ぶようなタイプ。

銀行という世間イメージが堅い会社の中で、いかにそうではない雰囲気を醸し出せるかを中心に考えていたように思う。そのため自分よがりであった面も否定できないし、先輩上司含めて多くの迷惑をかけたこともよく覚えている。ただし、そう振る舞うからには絶対的に成果が求められるわけで、その点においては都度責任を持ってクリアしてきた。

誰を向いて仕事をしていたかと言えば、一緒に働く仲間、特に後輩達であり、常にカッコイイ背中を見せ続けることだけを意識して言動を重ねてきた。家業に戻ってからは、次期社長として見られることを覚悟の上で、誰よりも早く出社し誰よりも遅く退社するという、一見古風だが大変大切な事を実践し、一番下の立場から始めさせてもらった。全ての現場を経験し作業も積極的に参加する中で、全ての社員とコミュニケーションを図り、今後の会社経営のヒントを得たことが思い出される。現場経験後、得意の営業に移るわけだが、ここでも圧倒的な成果を念頭に動いていた。新規専任という難しい立場ながら、今までにない営業戦略で結果を残し、現場だけでない営業職や管理職からも一目置かれる結果を残した。この一番下の立場から、そして誰よりも働く姿勢をメンバーは知っているので、いざ上の立場に付いた時に認めてくれたのだと思う。

今の立場になってからは、「人」を一番の財産と考え、「心」の伴う経営をし、「道徳や倫理観」を第一に決断することをルールにしている。豊かさとは何か、何を持っているかでなく何を与えられるか。その考えに基づいて、私利私欲を捨て、自社だけの利益を追いかげず、関わってくれる全ての人や企業様と共尊(共存)共栄していくことを強く意識している。

若者へのメッセージ

私は28歳で家業に戻り、31歳で代表に就任し、今37歳で計5社の代表をしています。自ら起業できなかったように、何か特別な才能があるわけではありません。ただこれだけは自信持って言えます。人との縁を大切にし、人や書籍や経験から多くのことを学び、一度として不義理な生き方をしてこなかったと。私の才能に皆が集まってきてくれているのではなく、私の人柄や人間性に共感してくれているのだと信じています。若いうちはどこか力みあって生き急ぐものですが、それによって誰かを悲しませたり何かを失ったりすることは虚しいと思いませんか?人生で大切なことは「お金で買えないモノをより多く手に入れること」だと思っています。それは仲間であり、知識や経験であり、信用や信頼だと思います。企業として生き残るためには売上や利益も必要ですが、そんなものは目的ではなく手段にすぎません。それを使ってあなたは誰を守り何を成し遂げたいのですか?人間はなりたいようになれます。そう振る舞うことがなりたい自分になる一番の近道でもあります。どんな人生を歩みたいですか?皆さんが正しい生き方と出会って、一人でも多くの人から慕われ愛され、そして一人でも多くの人に何かを与えられる人間になることを心より願っています。

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